長崎地方裁判所 平成5年(行ウ)9号 判決 1998年11月10日
甲、乙、丙、戊各事件原告
大塚直幸
丁事件原告
盛谷祐三
外二名
右四名訴訟代理人弁護士
籠橋隆明
右訴訟復代理人弁護士(ただし、甲、乙、戊各事件のみについて)
長野浩三
同
原章夫
甲、乙、戊各事件被告
本島等
甲、乙、戊各事件被告
長崎市土地開発公社
右代表者理事
湯川司郎
丙、丁各事件被告、甲事件参加人
長崎市長
伊藤一長
右三名訴訟代理人弁護士
俵正市
同
苅野年彦
同(ただし、甲事件のみについて)
草野功一
主文
一 甲、乙、丙、戊各事件原告の請求をいずれも棄却する。
二 丁事件原告らの訴えを却下する。
三 訴訟費用は、甲ないし戊各事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 甲事件について
甲事件被告らは、長崎市に対し、各自金一五億八七一二万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年二月二五日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件について
乙事件被告らは、長崎市に対し、各自金一五億八二九九万三〇〇〇円及びこれに対する乙事件被告本島等(甲、戊各事件被告。以下「被告本島」という。)においては平成五年八月一日から、乙事件被告長崎市土地開発公社(甲、戊各事件被告。以下「被告公社」という。)においては平成五年七月三一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 丙事件について
丙事件被告(丁事件被告、甲事件参加人。以下「被告市長」という。)は、長崎市土地開発公社から別紙物件目録記載の土地(以下「本件各土地」という。)を購入してはならない。
四 丁事件について
被告市長は、長崎市土地開発公社から本件各土地を購入してはならない。
五 戊事件について
戊事件被告らは、長崎市に対し、各自金一八億五七〇〇万円及びこれに対する被告本島においては平成六年八月三〇日から、被告公社においては平成六年八月三〇日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
(甲、乙、戊各事件)
被告公社は、長崎市の依頼に基づき同市の計画事業の事業用地である本件各土地を先行取得したが、この先行取得は、公益性、公共性を欠き、また、公有地の拡大の推進に関する法律(以下「公拡法」という。)に違反し違法であり、そのような先行取得に要する費用に当てるための同市から被告公社への貸付行為(甲事件は、平成四年度貸付分を、乙事件は、平成五年度貸付分を、戊事件は平成六年度貸付分をそれぞれ問題としている。)も違法である等と主張して、長崎市の住民である原告大塚直幸(甲、乙、丙、戊各事件原告。以下「原告大塚」という。)が、長崎市に代位して、長崎市の市長であった被告本島に対し、右貸付行為に係る貸付金相当額について不法行為に基づく損害賠償を、被告公社に対し、同額の不当利得返還をそれぞれ求めたものである。
(丙、丁各事件)
長崎市の住民である原告大塚(丙事件の場合)及び原告盛谷祐三外二名(丁事件の場合)が、右先行取得の違法を前提に、被告市長による被告公社からの本件各土地の購入(以下「本件購入」という。)の差止めを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告大塚及び丁事件原告らは、長崎市の住民である(争いがない。)。
2 被告本島は、昭和六三年当時、長崎市の市長であり(乙五の二)、平成七年五月一日に退任するまで、同職を務めていた(弁論の全趣旨)。
3 被告公社は、公拡法に基づき、長崎市によって設立された土地開発公社である(争いがない)。
4 長崎市は、昭和五六年三月、同市四丈町式見地区を対象地として、動植物園の建設をその内容とする「自然と動物に親しむいこいの里構想」を策定したが、その後の長崎大水害の発生や長崎市における行財政改革の推進等に伴う情勢変化の中で、維持管理経費を必要とする動植物園の建設を予定する右構想が見直されることになり、昭和六二年二月、「いこいの里スポーツレクリエーション施設基本計画」(以下、「本件計画」といい、同計画に係る事業を「本件事業」という。なお、本件事業の事業面積は、現時点で、約二三〇ヘクタールで、うち約一八〇ヘクタールは、長崎市の市有地である。)が新たに策定された(乙一九、二一、三〇、証人峰、弁論の全趣旨)。
5 長崎市は、昭和六三年七月一八日、本件事業に係るスポーツ・レクリエーション施設の建設用地として、被告公社に対し、本件計画の予定地の一部の先行取得を依頼(以下「本件先行取得依頼」という。)した(争いがない。)。
6 長崎県は、昭和六三年一二月、総合保養地域整備法(以下「リゾート法」という。)五条一項の基本構想として「ナガサキ・エキゾティック・リゾート構想」(以下「長崎県リゾート構想」という。)を国土庁に提出したが(なお、その後、同構想は、平成元年四月、同項に基づく主務大臣の承認を受けた。)、同構想において、本件事業対象地を含む長崎市・伊王島地区がリゾート法上の重点整備地区の一つに指定されるとともに、本件計画に係る施設も同法上のスポーツ又はレクリエーション施設として位置づけられた(乙一九、二三の一・二、三〇、証人峰、弁論の全趣旨)。
長崎市は、本件計画を長崎県リゾート構想の中に位置付ける過程において、第三セクターを設立して本件事業を実施することを検討し、平成元年一月には、第三セクターを事業主体とする旨決定し、同年一二月には、「(仮称)長崎いこいの里株式会社」設立準備委員会を組織して検討を進め、平成二年六月訴外株式会社長崎ファミリーリゾート(以下「訴外会社」という。)が設立された。また、訴外会社の設立までの間に、本件計画に係る施設全体をゴルフゾーン、レジャーゾーン、自然体験ゾーン及びレクリエーションゾーンの四ゾーンに区分し、それぞれのゾーンにレクリエーション、スポーツ施設、特にゴルフゾーンにはゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を設置し、ゴルフゾーン及びレジャーゾーンについては訴外会社が、自然体験ゾーン及びレクリエーションゾーンについては長崎市が、それぞれ事業主体として、関連施設の建設及び開業後の運営を担当する方針が決定された(甲四六、乙一三の一、一五、一六の一、一九、三〇、証人峰)。
なお、訴外会社は、飛島建設株式会社を中核とする民間会社一六社と長崎市が共同して設立した第三セクターであり、資本金は五億円、発行済み株式総数は一万株であり、そのうち長崎市の出資額は、一億円(保有株数は二〇〇〇株)で出資総額の二〇パーセントを占めていた(甲五三、乙一五、証人峰、弁論の全趣旨)。
7 被告公社は、本件先行取得依頼の後、長崎市と共同して、平成元年二月から本件計画に係る用地買収についての地元説明会を開始し、同年八月に売渡しに関する地権者らの基本合意を得て、平成三年一〇月から用地買収に入り、平成五年三月三一日時点で、49万2988.19平方メートルの土地を買い受け(以下「本件先行取得」という。)ていた(甲五三、乙一六の一、証人峰、弁論の全趣旨)。
なお、本件先行取得に係る土地約五〇ヘクタールのうち、約四四ヘクタールはゴルフゾーンに組み込まれ、残り約六ヘクタールは、レクリエーションゾーン、自然体験ゾーンその他に組込まれる予定である(弁論の全趣旨)。また、現在のところ、本件計画中のゴルフゾーンに建設予定のゴルフ場施設(以下「本件ゴルフ場」という。)の利用形態は会員制とすることが予定されている(争いがない。)。
8 長崎市は、本件先行取得に要する費用の資金を提供するため、被告公社に対し単年度貸付(短期貸付)を繰り返しているところ、同資金として、平成四年度には一八億五七〇〇万円を同公社に貸し付け(以下「本件貸付(一)」という。)、平成五年四月三〇日に同額の返済を受け、平成五年度には一八億六四〇〇万円を同公社に貸し付け(以下「本件貸付(二)」という。)、平成六年四月二八日に同額の返済を受け、平成六年度も、同様の貸付(以下「本件貸付(三)」といい、本件貸付(一)、(二)、(三)を「本件各貸付」と総称する。)、返済(以上の各返済を「本件各返済」と総称する。)が行われた(乙三の三、四の三、弁論の全趣旨)。
9 長崎市と訴外会社は、平成六年四月二八日、都市計画法二九条に基づく開発行為の許可申請(以下「本件開発許可申請」という。)を共同で行った(乙一〇、証人峰)。
10 監査請求の前置
(一) 甲事件
原告大塚は、平成四年一二月三日付けで長崎市監査委員に対し、本件貸付(一)により生じた長崎市の損害の補填を求めて、地方自治法二四二条一項により住民監査請求(以下「本件監査請求(一)」という。)を行ったが、右監査委員から、請求に理由がない旨の平成五年一月一九日付け監査結果の通知を受けた(甲五六、五七)。
(二) 乙事件
原告大塚は、平成五年六月二二日付けで長崎市監査委員に対し、本件貸付(二)により生じた長崎市の損害の補填を求めて、地方自治法二四二条一項により住民監査請求(以下「本件監査請求(二)」という。)を行ったが、右監査委員から、請求を却下する旨の同年七月一日付け監査結果の通知を受けた(甲五八、五九)。
(三) 丙事件
原告大塚は、平成五年一一月一〇日付けで長崎市監査委員に対し、本件先行取得に係る土地の被告公社から長崎市への売買の差止めを求めて、地方自治法二四二条一項により住民監査請求(以下「本件監査請求(三)」という。)を行ったが、右監査委員から、請求を却下する旨の同年一一月二四日付け監査結果の通知を受けた(甲六〇、六一)。
(四) 丁事件
丁事件原告らは、平成五年一一月一〇日付けで長崎市監査委員に対し、本件先行取得に係る土地の被告公社から長崎市への売買の差止めを求めて、地方自治法二四二条一項により住民監査請求(以下「本件監査請求(四)」という。)を行ったが、右監査委員から、請求を却下する旨の同年一二月二〇日付け監査結果の通知を受けた(弁論の全趣旨)。
(五) 戊事件
原告大塚は、平成六年七月一八日付けで長崎市監査委員に対し、本件貸付(三)により生じた長崎市の損害の補填を求めて、地方自治法二四二条一項により住民監査請求(以下「本件監査請求(五)」という。)を行ったが、右監査委員から、請求を却下する旨の同年七月二五日付け監査結果の通知を受けた(甲六二、六三)。
二 争点及び各当事者の主張
1 本件各訴えの適法性(本案前の主張)
(一) 甲事件について
(1) 被告本島、被告公社及び甲事件参加人としての被告市長(以下、単に「被告ら」という場合、この三者を指す。)の主張
ア 被告公社による本件先行取得の違法を争うことの適法性
原告大塚は、被告公社による本件先行取得(先行行為)が違法であることを理由に、その資金を提供する長崎市の本件貸付(一)(後行行為)の違法を主張する。
しかし、そもそも普通地方公共団体ではない土地開発公社について、地方自治法二四二条の二の適用は認められず、同公社の財務会計上の行為について住民訴訟を提起することは許されないのであり、にもかかわらず、長崎市とは別法人である被告公社の先行行為の違法を原因として長崎市の後行行為を争うことを認めると、本来争うことが認められないはずの被告公社の行為の違法を争うことを可能とすることになり不適切であり、前記主張を内容とする原告の訴えは、不適法なものとして却下されるべきである。
イ 被告公社に対する訴えの監査請求前置の要件の不充足
被告公社は、本件監査請求(一)における措置の相手方とされていないので、被告公社に対する訴えについては、監査請求を経ておらず、監査請求前置の要件を充足していないので、不適法として却下されるべきである。
(2) 原告大塚の主張
いずれも争う。
(二) 乙事件について
(1) 乙事件被告らの主張
甲事件と乙事件とは、訴訟物(当事者、審理の対象)が同一である上、主張や争点も同一であり、後訴たる乙事件に係る訴えは、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一四二条(重複する訴えの提起の禁止)に反するものであり、不適法として却下されるべきである。
(2) 原告大塚の主張
争う。
(三) 丙事件について
(1) 被告市長の主張
本件監査請求(三)は、同一住民による同一の財務行為を対象とした再度の住民監査請求であることを理由に却下されており、本件訴えは、適法な監査請求を経ておらず、不適法として却下されるべきである。
(2) 原告大塚の主張
本件監査請求(一)及び(二)は、それぞれ本件貸付(一)、(二)を監査の対象としているのに対し、本件監査請求(三)は、本件購入を監査の対象としているのであるから、両者は、別個の財務会計上の行為を対象とするものであって、被告市長主張の理由により、本件監査請求(三)を却下した監査結果は不適法であり、そのような場合、本件訴えも、監査請求前置の要件との関係では、適法なものと解されるべきである。
(四) 丁事件について
(1) 被告市長の主張
丁事件における請求は、丙事件における請求と同一であり、丁事件に係る訴えは、地方自治法二四二条の二第四項(他の住民による別訴をもってする同一請求の禁止)に反するものであり、不適法として却下されるべきである。
(2) 丁事件原告らの主張
争う。
(五) 戊事件について
(1) 戊事件被告らの主張
ア 二重起訴禁止違反
甲、乙各事件と戊事件とは、訴訟物(当事者、審理の対象)が同一である上、主張や争点も同一であり、後訴たる戊事件に係る訴えは、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一四一条(重複する訴えの提起の禁止)に反するものであり、不適法として却下されるべきである。
イ 被告公社による本件先行取得の違法を争うことの適法性
右(一)、(1)、アと同様の理由で、被告公社による本件先行取得が違法であることを理由に、その資金を提供する長崎市の本件貸付(三)の違法を主張することはできず、原告の訴えは不適法として却下されるべきである。
ウ 被告公社に対する訴えの監査請求前置の要件の不充足
被告公社は、本件監査請求(五)における措置の相手方とされていないので、被告公社に対する訴えについては、監査請求を経ておらず、監査請求前置の要件を充足していないので、不適法として却下されるべきである。
(2) 原告大塚の主張
いずれも争う。
2 本件各貸付の違法性(甲、乙、戊各事件関係)
(一) 原告大塚の主張
(1) 公益性、公共性の欠如による違法
ア 地方自治体の行為には公益性、公共性が必要であり、公益性、公共性を欠く財務会計上の行為、貸付行為は違法無効である。
イ しかるに、本件事業においては本件ゴルフ場の開発予定地獲得のために被告公社が長崎市の依頼により本件先行取得を実施しているが、本件ゴルフ場の開発、経営は、以下の諸点に照らし、公益性、公共性を欠くものといえる。
① 多大な面積にわたって山を切り開くなど深刻な自然破壊を招くこと(特に、本件ゴルフ場の予定地は、牧場跡の草原、湿地群と化した休耕田、薪炭林から変化した雑木の萌芽林、檜の人口林など多用な植生を残すいわゆる里山であり、そこからは市内では数少ない清流の相川川が流れ出しており、右里山や相川川には、希少種を含む二〇〇〇種以上の昆虫や水生生物、約二〇種の野鳥などが生息しているといわれ、本件ゴルフ場の開発は、そのような豊な自然を完全に破壊することにつながる。)
② 本件ゴルフ場の開発後使用される農薬、化学肥料により、環境汚染を招くこと(ゴルフ場では、芝の管理のために、土壌改良材、除草剤、殺虫剤などの農薬や化学肥料が大量に使用されるが、その空中散布により広範囲にわたり汚染が広がったり、排水とともに川や海へ流れ出して、昆虫類、魚類、動植物、さらには人間にまで悪影響を及ぼす。)
③ 本件ゴルフ場の開発に伴い、災害の危険性も高まること(森林はもともと砂防、洪水防止、地滑り防止等の機能を果たしているところ、ゴルフ場開発により森林が破壊され、その災害防止機能が損なわれることにより、災害の危険性が高まる。特に本件事業では災害対策のための調整池の設置も予定されておらず、土石流などの大災害を招く危険もある。)
④ 本件ゴルフ場は会員制による利用形態が予定され、一般市民が誰でも利用できるようにはされていないこと
ウ 被告公社による本件先行取得は、以上のように公益性、公共性を欠く本件ゴルフ場開発、経営の前提となる用地獲得のために実施されたものであり、同様に、公益性、公共性を欠くものであって、違法無効である。
そして、土地開発公社は、設立に際し定款を定める場合や設立後定款を変更する場合には、設立団体である地方公共団体の議会の決議を経ることを要し(公拡法一〇条二項、一四条二項)、また、公社の理事及び監事は設立団体の長が任命し(同法一六条一項、二項)、設立団体の長は役員に職務上の義務違反がある場合にはその役員を解任することができ(同条三項)、さらに、公社は毎事業年度の予算、事業計画及び資金計画を明らかにし、年度開始に当たって設立団体の長の承認を受けなければならず、これを変更しようという場合にも同様であり(同法一八条二項)、その他、設立団体の長は、土地開発公社の業務の健全な運営を確保するため、必要があると認めるときはこれに対しその業務に関し必要な命令をすることができる(同法一九条一項)など、土地開発公社に対しては、それを設立した地方公共団体の様々な監督権が及び、実質は地方公共団体の分身ともいうべき存在である。
したがって、土地開発公社の行為は当該地方公共団体の行為ともいえ、特に、当該地方公共団体の委託を受けて土地を先行取得する場合には、その委託行為と先行取得行為、その先行取得のための資金援助行為は密接な関連性、一体性を有するのであり、本件先行取得に違法性が認められる本件においては、それと密接関連性、一体性が認められる本件各貸付についても、公益性、公共性を欠くものとして違法無効な財務会計上の行為といえる。
(2) 公拡法違反に係る違法
ア 公拡法一条、一〇条違反
土地開発公社は、地方公共団体により公拡法に基づいて設立される団体であり、同法は、「地域の秩序ある整備を図るために必要な公有地となるべき土地等の取得」を行わせることを土地開発公社設立の目的とする(同法一〇条一項)。
しかし、本件先行取得は、訴外会社がゴルフ場の開発を行うための予定地を取得しようとするものであり、右設立の目的に反するものであるとともに、「都市の健全な発展と秩序ある整備を促進」(同法一条)しようとする同法の趣旨自体にも反するものであって、違法である。
イ 公拡法一七条違反
土地開発公社の業務の範囲は、公拡法一七条により限定されているところ、ゴルフ場という非公益的、非公共的な施設のために土地を取得することは認められていないし、土地開発公社は、民間私企業のために、同企業が利用することを予定する土地を取得することは許されないのであり、本件先行取得は、同条に違反し、違法である。
ウ 以上のように、被告公社が訴外会社のためのゴルフ場用地を先行取得することは公拡法違反であって、公序に反し違法無効であるとともに、公拡法一七条は土地開発公社の権利能力を制限したものと解すべきところ、かかる制限に反する意味でも無効であり、そのような違法な先行取得のための資金を提供する本件各貸付も、違法な財務会計上の行為に当たる。
(二) 被告らの主張
(1) 原告大塚の主張(一)、(1)(公益性、公共性の欠如)に対して
本件計画は、市民が子供から老人まで緑と太陽の下で一日ゆっくりと楽しみ、くつろぐための「憩いの場」を提供することを目的とするものであり、式見地区の地域振興(雇用及びインフラ整備等)、市有地の有効活用、余暇時代の到来に対応する市民の健康のためのスポーツ・レクリエーション施設作り等の観点から、推進されているものであって、本件事業において公益性、公共性に欠けるところはなく、本件先行取得についても公益性、公共性に欠けるところはない。
なお、本件先行取得は、本件計画に係る開発行為そのものとは区別されるものであり、右開発行為とは別に、単に長崎市に対し本件先行取得に係る土地についての所有権を取得させ、その代金の支払債務を負わせる行為にすぎないのであるから、仮に本件計画に係る開発行為が地域の環境に何らかの影響を与えるとしても、それは開発と環境とをどのように調和させるかという開発行為独自の問題であって、開発行為と本件先行取得とが別個独立の行為である以上、前者の違法が後者にまで及ぶものではないというべきである。
(2) 原告大塚の主張(一)、(2)(公拡法違反)に対して
ア 同ア(公拡法一条、一〇条違反)に対して
本件先行取得は、右(1)記載のような公益性、公共性を有する本件計画、本件事業の推進に資するために行われたものであり、公拡法一条、一〇条にも適合するものである。
イ 同イ(公拡法一七条違反)に対して
① 本件先行取得によって取得された本件各土地は、公拡法一七条一項一号ロにいう「道路、公園、緑地その他の公共施設又は公用施設の用に供する土地」に該当するものであり、本件先行取得は、同条項に基づく適法な行為である。
② すなわち、都市公園法二条の二及び長崎市都市公園条例(昭和三四年七月二二日条例第二七号)二条によれば、都市公園の設置は、市長が、名称、位置及び区域並びに供用開始の期日を定めて公告することとなっているところ、長崎市は、本件先行取得の依頼段階から、本件各土地を含む本件計画に係る用地及び施設全体を都市計画区域内(本件計画に係る事業用地は、市街化調整区域にある。)において設置する都市公園法二条一項一号の都市公園と位置付け、設置、整備することを予定していた。
したがって、本件各土地は、都市公園に供されるものであり、公拡法一七条一項一号ロにいう「公園……の用に供される土地」に該当し、本件先行取得は適法である。
なお、ゴルフゾーンに組込まれる約四四ヘクタールは、右公園に設けられる「公園施設」(同法二条二項)のうち、「運動施設」の一つである「ゴルフ場」(同項五号、同法施行令四条四項)として整備するために供されることになる。この点、都市公園法五条一項は、地方公共団体が「自ら設け、又は管理することが不適当又は困難であると認められるものに限り」公園管理者(地方公共団体)以外の者に、施設を設け又は管理させることができるとしており、そこでは、株式会社も除外されていないところ、一般にゴルフ場は、設置、維持及び人的・物的管理において他の運動施設と異なる点が多々あり、地方公共団体が直営することが難しい施設であり、本件先行取得に係る用地が供される本件ゴルフ場も、長崎市の有する建築土木施設等の建設及び管理の技術やノウハウのみでは、ゴルフコースを建設し維持することは困難なので、所要の技術・ノウハウを有する民間企業の協力を得て第三セクターとしての訴外会社に設置・維持管理を行わせようとするものであり、本件ゴルフ場の管理主体として訴外会社が当てられることも、右条項に基づき適法なものといえる。
また、リゾート法は施設の建設手法を規定するものであり、これに対し、同法にいう「特定民間施設」を管理する手法は、都市公園法五条にその管理手法が明記されているのであり、これに従って管理することにより、都市公園法上の公園となるのであって、リゾート法上の特定民間施設も、都市公園法の適用を受けることにより公園内の公共施設の一部として機能するものであって、本件ゴルフ場が、リゾート法上の特定民間施設として位置付けられていたとしても、そのことと都市公園として管理されることとは何ら相互に矛盾するものではない。
その他、都市公園を建設するには、都市計画法上の計画決定(事業認可)を得て行う方法(同法一一条一項二号、五九条)と同法上の開発許可を得て、施設完成後の供用時点で都市公園に位置付ける方法(同法二九条、都市公園法二条の二)とがあり、本件では、後者の方法が採られたのであって、長崎市と訴外会社が本件開発許可申請をしているからといって、本件各土地を含む本件計画の予定地及び施設全体を都市公園として位置付ける予定がないとはいえない。
③ また、本件ゴルフ場は、公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設」に該当するので、本件ゴルフ場の用地なる本件各土地も、公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設……の用に供する土地」に該当することになり、その観点からも、本件先行取得は適法であるといえる。
すなわち、本件計画は、市の主要施策として、構想時点より市の総合計画に位置づけられており、市が公的な立場で都市全体の土地利用計画を踏まえ、地域の秩序ある整備を図るため施設整備を行うものであるところ、長崎県リゾート構想への位置付け等の過程の中で、施設の一部を第三セクター方式で建設することとなったが、これは事業の実現のための手法として採用したものであり、民間の持つ企画力、資金力、事業遂行力等を活用し、行政運営の効率化を図るとともに、将来とも多様化、高度化する行政ニーズに応えるため、公民共同型の事業展開を図ることが適切と判断したため、長崎市がイニシアティブをとって、飛島建設を中核とする長崎県下の有力企業とりわけ公共的性格の高い銀行、放送、新聞、テレビ、保険、建設等一六社の参加を得て、訴外会社を設立したものであって、本件事業の推進において、第三セクター方式がとられていても、あくまでも市の施策であることに変わりはなく、訴外会社によって建設、運営することが予定されているゾーンも長崎市が建設、運営するゾーンと一体となり、両者が総体として市民等ヘスポーツレクリエーションの場を提供する公共性の高い施設となるのであり、本件ゴルフ場は、公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設」に該当するものといえる。
なお、公共施設はすべて一般公衆に無償で開放されているわけではなく、例えば、道路でも有料道路があり、また、公国立病院でも有料であり、さらに、一定の契約関係に入るために一定の資格により選考され料金を払う公営住宅や公国立学校の利用関係もあるのであって、それぞれその施設の利用目的・維持・管理に必要な受益者負担が課せられても、当該施設が公共施設であることに変わりはないのであり、本件ゴルフ場が会員制が予定されているからといって、公共施設ではなくなるというものではない。また、ゴルフは今や一般大衆スポーツとして浸透しており、市民の健康増進の一環としてスポーツ・レクリエーションが大きな役割を果たしていることに鑑み、ゴルフ場も公共性と相容れないスポーツ施設とはいえない。
(三) 原告大塚の反論(右被告らの主張(二)、(2)、イに対して)
(1) 同②に対して
①本件ゴルフ場は、長崎県リゾート計画の中でも特定民間施設として位置付けられており、訴外会社の事業計画でも、本件ゴルフ場予定地の一部を長崎市から賃借することが予定され(都市公園内の土地は行政財産であるから、本来、他に賃貸することはできない。)、都市公園のことは全く触れられていないこと、②都市公園については、建築物やゴルフコース等の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更についても開発許可は不要であり(都市計画法四条一一項、同法施行令一条二項一号、同法四条一二号、二九条三号、同法施行令二一条三号)、本件においても、本件ゴルフ場が都市公園と位置付けられるのであれば、開発許可は不要であるはずにもかかわらず、長崎市と訴外会社は、本件開発許可申請をしていること、③本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園に位置づけるとなると、大規模な都市公園が設けられることになるにもかかわらず、それについての計画書や都市公園とする旨の決定がされたことを示す書面が存在しないこと、④ゴルフ場自体、前示のように公共性を欠くものであり、都市公園とするにはなじまないものであること、⑤都市公園として位置付けることは、民間活力の導入というリゾート法の趣旨にも反するものであること、⑥そもそも、ゴルフ場自体、前示のように公共性を欠くものであり、都市公園とするにはなじまないものであることからして、長崎市において、本件先行取得時はもちろん、これまでの本件計画の推進過程で、本件各土地を含む本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園と位置付ける計画はなかったのであり、都市公園として位置付ける予定であるとの主張は、本件訴訟の途中から急に主張され始めるようになったものであって、本件訴訟を有利に進めるためのその場しのぎの口実にすぎない。
仮に、市長に本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園とする意向があったとしても、本件開発許可申請において、都市公園とすることに伴う申請の変更手続や一旦開発申請を取り下げて再度申請を行う必要があるにもかかわらず、そのような手続はとられておらず、また、本件ゴルフ場の長崎県リゾート構想の中における特定民間施設としての位置付けは今日まで変わっておらず、さらに、事業の執行のための予算措置についても、都市公園とすることについて議会の承認は得られていないのであるから、右意向は市長の単なる願望であって、未だ本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園とする旨の行政上の決定がなされたものとはみなされない。
いずれにせよ、本件先行取得時に都市公園として位置付ける計画がなければ、本件先行取得は、公拡法一七条一項一号ロに基づく適法な取得ではなく、本件先行取得が違法な行為である以上、買収も無効で、土地開発公社は土地所有権を取得できず、そのための本件各貸付も違法無効である。
(2) 同③に対して
以下のとおり、本件ゴルフ場は、公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設」にも当たらない。
ア 解釈の指針
そもそも、公拡法は、地方公共団体が地域における生活環境や社会資本の整備のために必要な土地を確保することを容易ならしめるために制定されたものであり、また、そのような都市の生活環境や社会資本の整備のために制定された法律として、公拡法の他に土地収用法、都市計画法、土地区画整理法などがあることからして、公拡法にいう「公共施設」の解釈に当たっては、右制定経緯や同様の目的をもって制定された右各法律及び地方自治について規律する地方自治法などの他の法律との整合性を考慮する必要がある。
イ 施設の管理主体との関係
そして、「公共施設」が「公共」といえるためには、施設の管理主体がそれにふさわしいものでなければならないところ、地域整備を目的とする公拡法との関係では、地域を整備する責務を担う地方公共団体や国あるいは公団など地方公共団体に準じる公共的団体が施設の管理主体となる必要があり、かかる解釈は、地方自治法二条が、地方自治体が住民の福祉のために整備、管理すべき施設を公共施設としているとみられること、都市計画法三九条が公共施設について「その公共施設の存する市町村の管理に属するものとする。」と規定し、また、同法四〇条が公共施設の用に供する土地について同様の趣旨を規定していること、土地収用法三条が「土地を収用し、又は使用することができる公共の利益となる事業」について定め、公共施設を例示するところ、それらの施設はいずれも、国、地方公共団体又はそれらからの公的統制の及ぶ団体などが事業主体となる施設であることとも整合するものである。
しかして、本件ゴルフ場の管理主体である訴外会社は株式会社であり、株式会社は単純に営利を目的として商法に基づき設立されるもので、自由競争社会の中で最も社会的統制の少ない団体であって、訴外会社の場合、第三セクターであるとはいえ、長崎市は、株主の経済的利益を確保するために与えられ、会社の活動の公共性を担保するために与えられるわけではない少数株主権しか行使し得ない立場にあり、そのような訴外会社を管理主体とする本件ゴルフ場は、管理主体の面から見て、公拡法一七条一項一号ロにいう、「公共施設」には該当し得ない。
ウ 施設の利用形態との関係
また、地方自治法は、二三八条において行政財産を公共用財産と公用財産とに区別し、一〇章において公共用財産については「公の施設」として定義し、二四四条において「公の施設」を「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」と定義しているのであって、公拡法の「公共施設」についても、同様に、直接に公共の福祉の維持増進を目的として一般公衆の共同使用に供する施設をいうものと解すべきであり、その利用形態においては、一般公衆が平等に利用できることが担保されていなければならない。そして、一般公衆が利用できる施設とは、単に事実上誰でも使えるというのではなく、一般公衆の用に供せられることが法的にも担保されている施設でなければならない。
しかるに、訴外会社は株式会社であることから、いかなる者にその施設を利用させるかについては会社の自由意思に委ねられているといわざるを得ず、実際にも、会員制が取り入れられることが予定されていて、一般公衆が平等に利用できることが法的にも担保されている施設とはいえないのであり、このような利用形態に照らしても、本件ゴルフ場は、公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設」には該当しない。
エ その他、本件ゴルフ場は、良好な自然環境を破壊し、災害、農薬汚染など災いをもたらすものであり、その意味でも、「公共施設」にいう「公共」性を有しない。
オ なお、本件ゴルフ場の開発、運営は、リゾート法に基づく長崎県リゾート構想の中に位置付けられているとしても、同法は民間活力導入によりリゾート開発など大規模開発を進めることを目的とするものであり、民間施設であっても、同法に基づくリゾート計画の中に位置付けられるのであって、本件ゴルフ場の開発、運営が長崎県リゾート構想の中に位置付けられているからといって、直ちに公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設」に当たるものではない。
むしろ、リゾート法は、二条や五条二項四号、五号において、「公共施設」と「特定施設」とに分け、「特定施設」(スポーツ、レクリエーション施設等)を「特定民間施設」(特定施設であって民間事業者が設置及び運営するもの)とそうでない施設とに分けたうえ、同法施行令一条では、法二条一項の政令で定める公共施設について、「道路、下水道、公園、緑地、広場及び飛行場であって民間事業者が設置及び運営するもの以外のものとする。」と規定するなど、「公共施設」と「特定施設」、「特定民間施設」との峻別を図り、「公共施設」について社会資本に属するものを中心に定義しているところ、公拡法も地方自治体による社会資本の整備のために定められていることからして、そこにいう「公共施設」も、右リゾート法にいう「公共施設」と同様に考える必要がある。しかも、リゾート法制定以降、昭和六三年五月一七日に公拡法の一部が改正されて同法一七条一項一号ニが新設され、土地開発公社は「その他政令で定める事業の用に供する土地」を先行取得することができるようになり、同法施行令七条は右「政令で定める事業」として観光施設事業を定めたが、この改正は、先行取得した土地の処分先について民間企業とする必要がる場合があることからなされたもので、例外的に民間企業のための先行取得を許したものである。以上のようなリゾート法における「公共施設」の定義付けとの対比や公拡法改正の経過に照らせば、民間企業が営む本件ゴルフ場が公拡法一七条一項一号ロにいう「公共施設」に該当するとは言い難い。
3 被告本島及び被告公社の責任(甲、乙、戊各事件関係)
(一) 原告大塚の主張
(1) 被告本島は、本件各貸付(なお、原告大塚は、本件先行取得に要した費用として資金提供された額は、本件貸付(一)との関係では一五億八七一二万五〇〇〇円、本件貸付(二)との関係では一五億八二九九万三〇〇〇円、本件貸付(三)との関係では一八億五七〇〇万円であると主張している。)が違法無効であることを知り、又は知り得べきであったにもかかわらず、本件公社との間で同貸付に係る消費貸借契約を締結しており、これにより、長崎市は、本件貸付(一)との関係では貸付額相当額一五億八七一二万五〇〇〇円、本件貸付(二)との関係では貸付額相当額一五億八二九九万三〇〇〇円、本件貸付(三)との関係では貸付額相当額一八億五七〇〇万円の損害をそれぞれ被った。
したがって、被告本島は、長崎市の被った右各損害について不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 本件各貸付は、違法無効であるから、被告公社は、本件各貸付に係る貸付金を不当に利得したものといえ、同額の不当利得返還債務を負う。
(二) 被告らの主張
(1) 弁済の抗弁
被告公社は、長崎市に対し、本件各貸付に係る借入金について、本件各返済を実施しており、長崎市が被った損害はない。
(2) 被告本島の責任
原告大塚は、開発行為の具体的施行としての工事により、自然が破壊されるが故に、その工事着工は違法であると主張し、工事による自然破壊を起こすゴルフ場開発のための土地取得も違法であるとしているが、原告大塚の主張する違法は土地取得そのもの、開発計画の樹立そのものから発生するものではなく、工事開始により発生する違法をもって土地取得の違法の根拠とするものであり、被告本島は本件土地取得及び本件計画の樹立のみ関与し、市長退任後は、開発計画の実施とその工事には関与し得ず、中止させる権限も持たないのであるから、原告大塚のいう自然破壊の顕現である違法行為の実行の主体たり得ず、その責任も追及できない。
(三) 原告大塚の反論(右被告の主張(二)、(1)に対して)
自治体による貸付は、自治体の支出として会計年度に拘束されるため、本件各貸付においても、被告公社は、年度毎に事務処理上一旦返済した形式にして新たに借り替えるというように、本件先行取得に係る土地購入代金を長崎市からの短期借入を繰り返すことによってまかなっており、同一目的の下長期継続させる意図で、機械的に右借替えが行われていることから、被告公社の借入の実質は準消費貸借であり、債務は同一性をもって引き継がれていくものといえ、また、その手続において現金の移動はなく、単に書類上処理されるだけであることから、返済に伴う新たな借入によって生ずる債務は、なお従前の債務との同一性を失わないものといわねばならず、現実に金員の返還がない以上、長崎市に損害が生じ、被告公社が不当に金員を利得している事実に変わりはない。
4 本件購入の差止めの可否(丙、丁各事件関係)
(一) 原告大塚及び丁事件原告らの主張
本件先行取得は、長崎市の依頼に基づくものであり、登記上も、本件各土地について、長崎市に対する所有権移転仮登記が付されており、将来、被告市長が、公社より本件各土地を購入することは確実であるところ、前記2、(一)記載のとおり、本件先行取得は、違法無効であり、それと一体となった長崎市による本件各土地の購入も、違法無効になるとともに、本件先行取得が無効であるから、被告公社は本件各土地の所有権を取得しておらず、長崎市が本件各土地を被告公社から購入しても、適法に本件各土地の所有権を取得できないのであるから、本件購入が強行された場合、売買代金相当額の損害が生ずることは確実であり、本件購入の差止めが認められるべきである。
(二) 被告市長の主張
前記2、(二)記載のとおり、本件先行取得は適法であるし、被告市長による本件購入も、適法であって、その差止めは認められない。
第三 争点に対する判断
一 本件各訴えの適法性について
1 甲事件について
(一) 被告公社による本件先行取得の違法を争う訴えの適法性について(前記第二、二、1、(一)、(1)、ア関係)
まず、土地開発公社は、地方自治法二四二条一項にいう「普通地方公共団体」には当たらないから、土地開発公社の財務会計上の行為に地方自治法二四二条の二の規定を直接適用することはできず、本件においても、被告公社の本件先行取得それ自体についての差止め(同条一項一号の請求)や同行為に係る損害についての被告公社に代位して行う同公社の職員に対する損害賠償(同条一項四号の請求)を求める住民訴訟を提起することは認められない。
しかるに、本件各訴えは、いずれも、被告公社の本件先行取得自体に地方自治法二四二条の二の規定を直接適用して、その行為の差止めや被告公社に代位して損害賠償を求めるものではなく、あくまで長崎市の財務会計上の行為(甲、乙、戊の各事件においては、本件各貸付、丙、丁の各事件においては、本件購入)の違法性を主張して、長崎市を代位しての本件各貸付に係る損害の賠償や本件購入の差止めを求めるものであり、その際、本件各貸付や本件購入の適法性を争う原因、理由として、被告公社の財務会計上の行為(本件先行取得)の違法性を主張しているに止まる。
確かに、被告公社の本件先行取得の違法が争われ、その違法性が認定された場合、事実上、被告公社に何らかの影響を与えることがあることは否定できない。しかし、それはあくまで反射的なものに止まるのであり、被告公社にその認定の法律効果が直接及ぶわけではないから、前示のように被告公社の財務会計上の行為を直接住民訴訟の対象とすることが認められないことと何ら矛盾するものではない。むしろ、地方自治法二四二条の二自体が、財務会計上の行為の違法原因について、何ら限定を設けていないことや普通地方公共団体以外の団体の行為の違法性を、住民訴訟の対象とされた普通地方公共団体の財務会計上の行為の違法性の原因とすることを一律に否定することはかえって、普通地方公共団体以外の団体の行為の違法性の故に住民訴訟の対象とされた普通地方公共団体の財務会計上の行為の違法性が認められる場合に、住民訴訟によってその是正を求める道を閉ざすことになり、法が住民訴訟の制度によって地方財務行政の適正な運営を確保しようとした趣旨がその限度で没却されることになるのであって、相当ではないことからすると、法は、普通地方公共団体以外の団体の行為の違法性を、住民訴訟の対象とされた普通地方公共団体の財務会計上の行為の違法性の原因とすることを一律に否定しているものとは解されない。
したがって、結論的に本件における原因行為たる被告公社の本件先行取得に違法性が認められるか、仮に違法であるとして長崎市の財務会計上の行為の違法性に影響を与えるかどうかはさておき、訴えの適法性との関係では、住民訴訟の直接の対象とならない被告公社の本件先行取得の違法性を理由とする本件訴えも、適法なものと認められる。
(二) 被告公社に対する訴えの監査請求前置の要件の不充足について(前記第二、二、1、(一)、(1)、イ関係)
住民訴訟につき、監査請求の前置を要することを定めている地方自治法二四二条の二第一項は、住民訴訟は監査請求の対象とした同法二四二条一項所定の財務会計上の行為又は怠る事実についてこれを提起すべきものと定めているが、同項には、住民が、監査請求において求めた具体的措置の相手方と同一の者を相手方として右措置と同一の請求内容による住民訴訟を提起しなければならないとする規定は存在しない。また、住民は、監査請求をする際、監査の対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して、必要な措置を講ずべきことを請求すれば足り、措置の内容及び相手方を具体的に明示することは必須ではなく、仮に、執るべき措置内容等が具体的に明示されている場合でも、監査委員は、監査請求に理由があると認めるときは、明示された措置内容に拘束されずに必要な措置を講ずることができると解されるから、監査請求前置の要件を判断するために監査請求書に記載された具体的な措置の内容及び相手方を吟味する必要はないといわなければならない。そうすると、住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として右措置の内容と異なる請求をすることも、許されると解すべきである(最高裁平成六年(行ツ)第五三号同一〇年七月三日第二小法廷判決・裁判所時報一二二三号一頁参照)。
しかるに、原告は、本件監査請求(一)において、本件貸付(一)による長崎市の損害の補填を求めて、住民監査請求を起こしており(甲五六。なお、本件監査請求(一)に係る長崎市職員措置請求書(甲五六)の中では、本件貸付(一)が明示的に指摘されていないが、同請求に係る監査結果(甲五七)によれば、監査委員は、本件貸付(一)についての適法性を検討しており、本件監査請求(一)で問題とされた財務会計上の行為に、本件貸付(一)が含まれていたことを監査委員も認識していたことが認められ、本件監査請求(一)において、本件貸付(一)が財務会計上の行為として特定されていたものと認めることができる。)、本件訴えにおいても、その点に何ら変わりはないのであるから、請求の内容及びその相手方が監査請求におけるものと異なるからといて、本件訴えが監査請求前置の要件に欠けるということはできず、被告公社に対する本件訴えは適法というべきである。
2 乙事件について(前記第二、二、1、(二))
甲事件については、本件貸付(一)を住民訴訟の対象とし、同貸付により長崎市が被った損害の賠償及び同貸付に係る不当利得の返還を求めるものであり、乙事件は、本件貸付(二)を住民訴訟の対象とし、同貸付により長崎市が被った損害の賠償及び同貸付に係る不当利得の返還を求めるものであるので、両事件における請求には、同一性は認められない。
したがって、乙事件に係る訴えは、甲事件に係る訴えとの関係で、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一四二条で禁止される重複する訴えには当たらない。
なお、本件監査請求(二)は、「同一住民が同一の財務行為を対象とした再度の住民監査請求である。」との理由で却下されているところ(甲五九)、その監査結果の理由中で意味する先行の住民監査請求とは、本件監査請求(一)を指すものと推認されるところ、本件監査請求(二)は本件貸付(二)を、本件監査請求(一)は本件貸付(一)をそれぞれ監査請求の対象としており、両者は別個の財務会計上の行為を問題にしている以上、本件監査請求(二)は再度の監査請求には当たらず、右監査結果自体に誤りがあるものと認められる。この点、適法な監査請求が誤って却下された場合には、これに引き続いて提起された住民訴訟は、監査請求前置の要件を満たしているものと解すべきであり(広島高裁昭和五六年(行コ)第一二号同六三年四月一八日判決・行裁集三九巻三・四号二六五頁参照)、乙事件に係る訴えも、監査請求前置の要件を満たしているものと認められる。
3 丙事件について(前記第二、二、1、(三))
本件監査請求(三)は、「同一住民が同一の財務行為を対象とした再度の住民監査請求である。」との理由で却下されているところ(甲六一)、その監査結果の理由中で意味する先行の住民監査請求とは、本件監査請求(一)及び(二)を指すものであると推認されるところ、本件監査請求(三)は、被告公社からの本件土地の購入を監査請求の対象とし、本件監査請求(一)及び(二)は、それぞれ本件貸付(一)及び(二)を監査請求の対象としているのであり、監査の対象である財務会計上の行為の同一性は認められないので、右監査結果は、適法な監査請求を誤って却下したものといえる。
したがって、丙事件に係る訴えは、監査請求前置の要件を満たしているものと認められる。
4 丁事件について(前記第二、二、1、(四))
丁事件における請求は、本件購入の差止めを求めるものであり、丙事件における請求も、本件購入の差止めを求めるものであるから、丁事件は、丙事件と同一の請求をするものである。
したがって、丁事件に係る訴えは、地方自治法二四二条の二第四項(他の住民による別訴をもってする同一請求の禁止)に反し不適法と認められ、却下する。
5 戊事件について
(一) 二重起訴禁止違反について(前記第二、二、1、(五)、(1)、ア関係)
前示のとおり、甲事件については、本件貸付(一)を住民訴訟の対象とし、同貸付により長崎市が被った損害の賠償及び同貸付に係る不当利得の返還を求めるものであり、乙事件は、本件貸付(二)を住民訴訟の対象とし、同貸付により長崎市が被った損害の賠償及び同貸付に係る不当利得の返還を求めるものであるのに対し、戊事件は、本件貸付(三)を住民訴訟の対象とし、同貸付により長崎市が被った損害の賠償及び同貸付に係る不当利得の返還を求めるものであるから、右各事件における請求には同一性が認められない。
したがって、戊事件に係る訴えは、甲、乙の各事件に係る各訴えとの関係で、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一四二条で禁止される重複する訴えには当たらない。
なお、本件監査請求(五)は、「同一住民が同一の財務行為を対象とした再度の住民監査請求である。」との理由で却下されているところ(甲六三)、その監査結果の理由中で意味する先行の住民監査請求とは、本件監査請求(一)の他、本件監査請求(二)、(三)を指すものと推認されるところ、本件監査請求(五)は本件貸付(三)を監査請求の対象としているのに対し、本件監査請求(一)は本件貸付(一)を、本件監査請求(二)は本件貸付(二)を、本件監査請求(三)は被告公社からの本件土地の購入をそれぞれ監査請求の対象としており、それぞれ別個の財務会計上の行為を問題にしている以上、本件監査請求(五)は、本件監査請求(一)、(二)、(三)との関係で、再度の監査請求には当たらず、右監査結果は適法な監査請求を誤って却下したものと認められ、戊事件に係る訴えは監査請求前置の要件を満たすものと解される。
(二) 被告公社による本件先行取得の違法を争う訴えの適法性について(前記第二、二、1、(五)、(1)、イ関係)
前記1(一)記載のとおり、住民訴訟の直接の対象とならない被告公社の本件先行取得の違法性を理由とする戊事件に係る訴えも、適法なものと認められる。
(三) 被告公社に対する訴えの監査請求前置の要件の不充足について(前記第二、二、1、(五)、(1)、ウ関係)
原告は、本件監査請求(五)において、本件貸付(三)による長崎市の損害の補填を求めて、住民監査請求を起こしており(甲六二)、本件訴えにおいても、その点に何ら変わりはないのであるから、前記1(二)と同様の理由で、請求の内容及びその相手方が監査請求におけるものと異なるからといって、本件訴えが監査請求前置の要件に欠けるということはできず、被告公社に対する本件訴えは適法というべきである。
二 本件各貸付の違法性について
1 本件先行取得の公益性、公共性の欠如による違法に係る本件各貸付の違法性
(一) 仮に公益性、公共性を欠く地方公共団体の財務会計上の行為が違法無効となる場合があるとしても、以下のとおり、本件においては、本件ゴルフ場の開発行為、本件先行取得、さらには本件各貸付が、公益性、公共性を欠くものとまでは認められない。
(二) 本件計画は、旧式見村が昭和三七年に長崎市に編入されるに伴い、長崎市が本件事業対象地である式見地区の村有地を受け継いだところ、式見地区は市街地に近接した位置にあるものの、過疎化の傾向が強かったため、旧式見村から承継した右市有地の有効活用を図りながら地域経済の振興、雇用の促進及びインフラ整備を図り、その過疎化を防止するとともに、同地区における豊かな自然環境を活用して、余暇時代の到来に対応した市民のためのレクリエーション・スポーツ施設を広範な年代層を対象として提供することを目的として立案されたものであり(甲五三、証人峰、被告代表者、弁論の全趣旨)、本件ゴルフ場の開発も、もともと本件事業の用地に含まれる市有地は山や谷の多数存する相当急峻な場所に位置し、平らにして使うのは不可能であり、その利用形態としては、ゴルフ場が適当であったこともあり、本件計画に組込まれることになったものである(被告代表者)。そして、前記第二、一、4・6記載のとおり、本件計画は、現時点で、本件事業用地約二三〇ヘクタールのうち、長崎市の市有地約一八〇ヘクタールを含むとともに、本件事業用地をゴルフゾーン、レジャーゾーン、自然体験ゾーン及びレクリエーションゾーンの四つのゾーンに分け、それぞれに本件ゴルフ場などのレクリエーション・スポーツ施設を設置しようとするものであるから、実際にも、市有地の有効活用、式見地区の地域経済の活性化、雇用の促進、インフラ整備及び過疎化防止につながるとともに、広く市民にレクリエーション・スポーツ施設を提供することができるものと認められる。
このような本件計画の過疎化防止、地域振興、市有地の有効活用、市民へのレクリエーション・スポーツ施設の提供といった目的、効果に照らせば、本件計画及び同計画に含まれる本件ゴルフ場の開発には公益性、公共性が認められ、本件ゴルフ場開発の前提となる本件先行取得、さらには、そのための資金提供としてなされた本件各貸付にも、公益性、公共性が認められるものといえる。
(三) もっとも、本件ゴルフ場の予定地は、式見牧場跡の草原、休耕田である湿地群、薪炭林から変化した雑木の萌芽林、檜の人口林など多用な植生を残すとともに、汚染のほとんどない相川川の源流地となっており、絶滅のおそれのある昆虫類や希少種の昆虫類も含め、一〇〇〇種を超える昆虫類の他、水生生物、動植物などが多数生息しているところ(甲二三ないし二八、三七、四一ないし四五、五四、五五、弁論の全趣旨)、本件ゴルフ場の開発に伴い、樹木の伐採、切土や盛土の実施、湿地の埋め立てなどが予定されており(甲一四ないし一六、一八、四〇、五三)、これにより、右生息生物や自然環境に少なからぬ影響を与えることは否定できない。また、ゴルフ場においては農薬散布や化学肥料等が利用される結果、地域の環境に何らかの負の影響を与えることも否定できない。
なお、本件ゴルフ場の開発予定地の地質の大部分は、黒色片岩を主な構成岩石とする結晶片岩類からなるところ、黒色片岩は、地滑りを引き起こしやすい岩石といわれており、特に片理面・層理面や断層面・節理面が流れ磐になっている場合、それらの面をすべり面とする地滑りが発生しやすいが(甲一七)、本件ゴルフ場において、片理面・層理面や断層面・節理面が流れ磐になっている個所がどの位置にどの程度の範囲にわたって存するのか、また、地滑りの発生がどの程度起こりやすいものなのかも明らかではない上、本件ゴルフ場の開発により、地滑りがより発生しやすくなることを認めるに足りる証拠もない。長崎県におけるゴルフ場の開発に係る指導、審査基準の中では、切土、盛土を最小限にとどめ、地形に順応した造成を行い、土地の傾斜がおおむね二五度以上の個所は、切土、盛土をしないこととされているところ(甲一八)、本件ゴルフ場の予定地には、土地の傾斜が二五度以上でありながら、切土、盛土が予定されている個所も存することが疑われるものの(甲一四ないし一六)、これにより、直ちに地滑り等の災害の発生する危険が高まることにつながるのかは必ずしも明らかではない。その他、本件ゴルフ場の開発により、災害がより一層発生しやすくなることを認めるに足りる証拠はない。
(四) 以上のように、本件ゴルフ場の開発により、事業地周辺の自然が破壊され、環境に何らかの影響が生ずるなどの負の効果が生ずることは否定できず、事業推進上も、その点については、十分な配慮が求められるところである。しかし、本件において、自然、環境への影響という負の効果が前示のような公益性、公共性を相殺し、逆に公益性、公共性を否定するほどのものであることまでを認めるに足りる証拠はない。本件に表れた証拠をもってしては、環境への影響その他の負の効果が前記公益性、公共性を上回り、本件事業の推進がかえって公益を害するとまでは断じがたいものといわざるを得ない。
なお、本件ゴルフ場について、会員制による利用形態が予定されているからといって、そのことのために、直ちに前記のような公益性、公共性が失われるものとはいえない。
2 本件先行取得の公拡法一条、一〇条一項違反に係る本件各貸付の違法性
公拡法一条は公拡法制定の目的を、一〇条一項は土地開発公社の設立の目的をそれぞれ説明的に規定したもので、それ自体、具体的な法規範性までは認め難く、右各目的を踏まえて設けられた同法中の種々の規制に違反した場合にはじめて、違法の問題が生じ得るものと解される。
したがって、右各条項との関係では、本件先行取得に違法性は認められず、本件各貸付についても違法性は認められない。
3 本件先行取得の公拡法一七条違反に係る本件各貸付の違法性
(一)(1) 被告公社の業務の範囲は、公拡法一七条で定められているところ、被告らは、本件先行取得依頼の当時から、本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園とする計画があった旨主張し、証人峰の証言や被告代表者の供述にも、右主張に沿うような部分がある。
しかし、証人峰が本件計画に関与するようになったのは、平成五年四月からであり、本件先行取得依頼の当時にはまだ関与しておらず、同人の証言は直接の体験に基づくものではなく、その内容も、都市公園として位置付けることについての検討はあったものの、まだ確定はしていなかったというもので(平成八年七月一六日実施の証人尋問の調書六三、六四項等)、あいまいであり、本件先行取得依頼当時から都市公園とする計画があったとの被告主張を認める上で十分な証拠とは言い難い。また、被告代表者も、将来都市公園とすることについて役所としての正式な決定があったわけではない旨供述する(同人の本人調書一九二項)など、その内容はあいまいで、せいぜい、役所内部で、都市公園とすることが話し合われたことがあったことを推認させるに止まり、本件先行取得依頼当時から都市公園とする計画があったとの被告主張を認める上で十分な証拠とは言い難い。
また、昭和六二年二月に作成された本件計画の報告書(乙二一)中の本件計画に係る施設の管理・運営組織について記載した部分(同報告書二二二頁)において、財団法人公園緑地管理財団の「公園管理ガイドブック」で提示されている総合公園における標準的管理体制の試案が紹介され、同試案によった場合の本件計画に係る施設の管理・運営組織の体制が示されているが、これは、本件計画に係る施設の管理・運営組織を考える上で、単に参考までに「公園管理ガイドブック」を引用したにすぎないとも考えられるし、既にこの時点で将来的に都市公園とする計画があったのであれば、それは、その後の計画の進行、手続等にも影響を与えるものである以上、右報告書中に、都市公園にする計画があることを明示的に示す記載があるのが自然であると考えられるにもかかわらず、右報告書中にはそのような記載が全くされていないことからすると、施設の管理・運営組織についての右記載のみによっては、当時、本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園とする計画があったことを認めるに足りないものといわねばならない。
むしろ、以下の事実に照らせば、本件先行取得依頼時点で、長崎市に、本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園と位置付ける計画はなかったものと推認される。すなわち、都市公園内の土地は行政財産であるから、原則として、他に賃貸することはできず(地方自治法二三八条の四第一項)、その占用は公園管理者が許可を与える形で行われ(都市公園法六条一項。なお、本件においても、被告らは、本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園とした後、本件ゴルフ場の敷地について、訴外会社に占用許可を付与する手続を踏むことになる旨主張している。)、許可の付与に当たっては、都市公園の管理のため必要な範囲内で条件が附される(同法八条)など、通常の賃貸借とは異なる条件の下で、利用が認められるのであり、その意味で、将来的に都市公園とされるか否かは、訴外会社にとっても、本件ゴルフ場の設置、運営上重大な影響を受けるものであり、真に本件先行取得依頼当時、長崎市に都市公園とする計画があったのであれば、長崎市から訴外会社にその旨伝えられているはずである。にもかかわらず、本件先行取得依頼から二年以上経過した平成三年二月に作成された訴外会社の本件計画に係る事業の計画案(甲四六)の中では、都市公園の利用に係る許可のことは全く触れられておらず、逆に、本件ゴルフ場予定地の一部を長崎市から賃借することを予定していることを示す記載が存し、この事実は、都市公園とする計画について長崎市から被告公社に対して伝えられていなかったことを示すものであり、翻って、少なくとも平成三年二月以前の時点で、都市公園とする計画はなかったことを推認させるものといわねばならない。
その他に本件先行取得当時から本件計画に係る用地及び施設全体を都市公園とする計画があったとの被告ら主張を認めるに足りる証拠はない(本件先行取得時に都市公園として位置付けることを計画していたことを認めるに足りる証拠もない。)。
(2) また、「公共施設」とは、公共の用に供する施設をいい、その施設の管理主体が、私企業であるからといって、直ちに「公共施設」でなくなるというわけではないとしても、その管理、運営が、私企業の全く自由な裁量に委ねられることは、施設を「公共の用に供する」ことを確保できなくなるおそれがある。したがって、ある施設が「公共施設」であるというためには、当該施設の管理主体(運営主体)が私企業である場合、当該私企業に対し、施設が「公共の用に供」せられることを担保する上で十分な公的統制が及んでいることを要するものと考えられる。
しかるに、本件ゴルフ場の設置、管理主体は、長崎市も出資している第三セクターではあるものの、施設が「公共の用に供」せられることを担保する上で十分な長崎市の公的統制が及ぼされているかについては疑問も残るところであり、本件ゴルフ場は「公共施設」に当たらないと考えられなくもない。
(3) そして、本件ゴルフ場が「公共施設」に当たらないと解した場合には、本件先行取得は、公拡法一七条一項一号ロに該当せず、本件先行取得は公拡法一七条で定められた被告公社の業務の範囲を超えた違法なものであるとの疑いが強い。
なお、長崎市は、長崎県に対し、本件開発許可申請との関係で、平成七年八月一〇日付で、いこいの里の維持管理の形態について、全体施設整備の完了した後に都市公園として位置付ける方針であるので、本件開発許可申請に係る開発審査会付議について除外する旨依頼しており(乙一八)、この事実によれば、平成七年八月当時には、既に都市公園として位置付ける方針が固められていたとも考えられるが、仮にそうであったとしても、本件先行取得の依頼時又は本件先行取得時において、都市公園に位置付ける計画があったことを認められない以上、その後に都市公園として位置付けることが予定されることになったとしても、遡って、本件先行取得時に本件先行取得が公拡法一七条に定められた業務の範囲を逸脱していた点の瑕疵を治癒するものとは認め難い。
(二) しかし、仮に本件先行取得が公拡法一七条で定められた業務の範囲を逸脱する違法なものであったとしても、本件において、本件各貸付の違法までは認められない。
(1) すなわち、地方自治法二四二条の二の規定に基づく住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである(最高裁昭和五一年(行ツ)第一二〇号同五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四八五頁参照)。そして、同法二四二条の二第一項四号の規定に基づく代位請求に係る当該職員に対する損害賠償請求訴訟は、このような住民訴訟の一類型として、財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し、職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならない。したがって、当該職員の財務会計上の行為をとらえて右の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁昭和六一年(行ツ)第一三三号平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二七五三頁参照)。
(2) そこで、本件先行取得を前提にしてされた本件各貸付自体が、財務会計法規上の義務に違反する違法なものか否かについて判断するに、まず、公拡法一七条は、土地開発公社の業務の範囲を定めることにより、土地開発公社が設立の目的(同法一〇条)から逸脱して無限定に業務の範囲を拡大し、投機的土地取引に走るなどして、地域の秩序ある整備という公拡法の本来の目的に反する行動に出たり、土地開発公社の財政状態を危うくすることを防止する趣旨から設けられたものと解されるので、その違反により、当該業務行為は違法になるとしても、その違反が直ちに被告公社とは別の法人格である長崎市の財政状態を危うくするものとはいえない。
確かに、土地開発公社は、地方公共団体が設立する公法人であって(公拡法一〇条一項)、その設立に当たっては、これに対する出資を地方公共団体に限定し、しかも基本財産の額の二分の一以上に相当する資金その他の財産の出資を地方公共団体に義務づけており(同法一三条)、その解散に当たっては、その残余財産を出資者に分配しなければならず(同法二二条二項)、その債務については、地方公共団体の保証を得ることができ(同法二五条)、また地方公共団体の長その他の執行機関は、その管理に係る土地、建物その他の施設を無償で土地開発公社の利用に供することができる(同法二六条一項)など、その財務面において、これを設立した地方公共団体と密接な関連性を有しており、そのうえ、設立に際し定款を定める場合や設立後定款を変更する場合には、設立団体である地方公共団体の議会の決議を経ることを要し(同法一〇条二項、一四条二項)、また、公社の理事及び監事は設立団体の長が任命し(同法一六条一項、二項)、設立団体の長は役員に職務上の義務違反がある場合にはその役員を解任することができ(同条三項)、さらに、土地開発公社は毎事業年度の予算、事業計画及び資金計画を明らかにし、年度開始に当たって設立団体の長の承認を受けなければならず、これを変更しようという場合にも同様であり(同法一八条二項)、その他、設立団体の長は、土地開発公社の業務の健全な運営を確保するため、必要があると認めるときはこれに対しその業務に関し必要な命令をすることができる(同法一九条一項)など、土地開発公社に対しては、それを設立した地方公共団体の様々な指揮監督権が及ぶのであり、土地開発公社は、実質的に地方公共団体の分身ともいえる存在である。このような地方公共団体と土地開発公社の関係に鑑みると、被告公社は、長崎市とは別の法人格であり、被告公社の行為の違法が直接長崎市の財政状態に影響を与えるものではなく、その影響は間接的なものであるにせよ、重要な影響を与える可能性は否定できない。
(3) しかしながら、本件先行取得が公拡法一七条で定められた被告公社の業務の範囲を超えた違法なものであるとした場合であっても、そのことによる土地開発公社の財政状態の侵害のおそれは、以下のとおり、抽象的なものに止まっていたのであり、実質的には、何らその財政状態は害されたとは認められず、長崎市との関係でも、実質的にはその財政状態を間接的にせよ害したとは認められない。
まず、土地開発公社の業務制限に関する公拡法一七条に違反して締結された違法な契約であっても、私法上当然に無効になるものではなく、公拡法一七条一項、二項に掲げる業務として列挙された事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかである場合や契約の相手方において業務の範囲外であることを知り又は知り得べかりし場合のように当該契約の効力を無効としなければ同条が土地開発公社の業務に制限を加えた趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限り、私法上無効になるものと解するのが相当である(その意味で、同条一項、二項は、土地開発公社の権利能力又は行為能力を制限したものとは解されない。)。けだし、公拡法一七条は、専ら一般抽象的な見地に立って、地域の秩序ある整備や土地開発公社の適正な財政状態の安定、確保を図るために業務の範囲について規制を加えるものと解されるから、同条項に違反して契約が締結されたということから直ちにその契約の効力を全面的に否定しなければならないとまでいうことは相当ではなく、他方、土地開発公社の契約の相手方は、土地を所有する一般人であることも少なくなく、そもそも一七条一項に掲げる業務の範囲に含まれるかどうかを明確に意識して契約関係に入らないとしてもやむを得ない側面があるものといえ、また、同項列挙の事由の中には、本件で問題となった同条一項一号ロのように、それに該当するか否かが必ずしも客観的一義的に明白とはいえないようなものも含まれているところ、土地開発公社側が右事由に該当すると判断するに至った事情も契約の相手方において常に知るうるものとはいえないのであるから、もし土地開発公社側の右判断が後に誤りであるとされ当該契約が違法とされた場合にその私法上の効力が当然に無効であると解するならば、契約の相手方において不測の損害を被ることにもなりかねず相当とはいえないからである。
この点、本件においては、本件先行取得が、公拡法一七条一項に規定する事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかであるとまではいえず、また、本件先行取得の相手方において、右不該当の事実を知り又は知り得べかしり特段の事情は認められないから、本件先行取得は私法上無効になるとは認められない。とすれば、本件先行取得における本件各土地の客観的価値に比して低額であることを疑わせる証拠のない本件においては、被告公社の業務範囲外の行為であるとはいえ、実質的には、被告公社は、本件先行取得により、代金に見合う客観的価値のある本件各土地を取得しているものと認められ、そうであれば、被告公社の財政状態が実質的に害されたものとまではいえず、長崎市との関係でも、間接的にせよ実質的にはその財政状態が害されたとは認められない。
(4) そして、本件各貸付は、本件先行取得に要する費用、代金の資金を提供するためになされたものであり、本件先行取得を促進するためのものであるが、以上のように、本件先行取得によって間接的にせよ実質的には長崎市の財政状態を害したものとは認められない上、本件先行取得は私法上無効といえないため、被告公社は契約の相手方に対して当該契約に基づく債務を履行する義務を負うことから、長崎市がその分身ともいえる被告公社にその義務履行のために本件各貸付を行うこともやむを得ない側面が存したことをも併せ考慮すると、本件各貸付自体が、財務会計法規上の義務に違反する違法なものであったとまでは認め難い。
(三) したがって、本件各貸付に違法が認められない以上、被告本島に対する損害賠償は認められないし、本件各貸付が違法無効であることを前提にする被告公社に対する不当利得返還請求も認められない。
三 本件購入の差止めの可否(丙事件について)
仮に本件先行取得が公拡法一七条一項に違反する違法なものであったとしても、前示のように、本件先行取得によって、間接的にせよ実質的には長崎市の財政状態が害されたとは認められない上、本件先行取得が私法上無効とは解されない結果、被告公社は本件各土地の所有権を取得しているのであり、本件購入により、長崎市は本件各土地の所有権を取得することができることをも併せ考慮すると、本件各貸付同様、本件購入も財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるとまでは認め難い。
したがって、本件購入の差止め請求には理由がない。
四 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告大塚の請求はいずれも理由がないので、棄却することとし、丁事件原告らの訴えは、不適法であるから却下することとする。
(裁判長裁判官有満俊昭 裁判官西田隆裕 裁判官村瀬賢裕)
別紙物件目録<省略>